30代独女の人生ゲーム

独り身を謳歌する30代独身女の人生記録。

キャリア面談を経て

キャリア面談を受けてきました。

 

今の職場は任期が4年あるのですが、「今の職場で任期満了まで継続するか、途中で別の案件に切り替えるか」という所を悩んでいました。

 

インフラの運用保守って、2年ぐらい経験したら設計構築に行った方が良いともネット上では言われているので…

 

でも自分の気持ち的には、今の職場が楽しいし人間関係に恵まれているし、出来れば最後までやりたいという気持ちだったんですよね。

 

キャリア面談を受けて、やはり今の職場で業務をめちゃくちゃ頑張ってスキルをつけて、資格も取っていくというのが、私に取っては心地良い選択かなと思いました。

 

今の職場なら、残業もないし暇な時は勉強できるし、資格をたくさん取るチャンスでもあります。

 

もちろん、資格だけが全てではないですが…。

 

モヤモヤが少し晴れた感じがしましたね。

今日はキャリア面談

今日は仕事終わりにキャリアアドバイザーとの面談があります。

 

何故私はキャリアアドバイザーとの面談を申し込んだのかというと、仕事をする上でモヤモヤを抱えていて、誰かと話すことで言語化したいと思ったからです。

 

ひとりで言語化することもできるけれど、誰かと話すことで自分では気づけなかった部分に気付けると思うし、新たな視点が生まれるんじゃないかと思っています。

 

自分で言語化したとしても、それを誰かに見てもらって、否定あるいは肯定してもらうことで、自分が言語化したことが間違っていた・間違っていなかったと確信が持てるような気がします。

 

今の職場は仕事内容もキツくないし、ストレスなく働けてるし、特に不満といった不満もないんですが…

 

なかなか誰かに気軽に相談できる環境ではなく、どんどん自分の中にモヤモヤが蓄積していく気がしたので、思いきってキャリア面談を申し込みました。

 

申し込むといっても、有料のアドバイザーではなく、会社に所属してるアドバイザーさんですが…

 

 

私は元々、インフラエンジニアに憧れてこの業界に入りました。

何となく憧れはあったんですが、CCNAの勉強をしていて面白いなと感じたので、業界に入ることを決めたのです。

 

今配属されているのは、某施設のサーバーとネットワークの運用保守。

 

「運用エンジニア」という名前はついていますが、エンジニアと名乗れるほどの技術はなく、手順書に沿って作業をしたり、機器のトラブル時にベンダーと連絡を取ったり、等という業務が主です。

 

時々、施設職員のPCのトラブルシューティングをする時に、色々検証したりイレギュラーなことをすることはありますが…

 

手順書を作成したり、スクリプトの修正や、スクリプトを一から作るような作業はやれていなくて、現場ではそこまで求められていないのかもしれないけれど、やはり出来るようにはなっていきたいなと思います。

 

わずかですが、ネットワーク機器を操作する機会もあり、その時はCCNAの知識を活かせるので、楽しいなと感じています。

 

LPICの勉強をしていた時はサーバーも面白いなと思ったのですが、どちらかというと私の興味はネットワーク寄りなのかも知れません。

 

ネットワーク寄りだからサーバーのことは一切しない!というわけではないですが、今後の進路を決める上で自分が興味のある方向性はしっかりと定めていきたいです。

 

何故ネットワークが面白いと感じるんでしょうか??

やはり、ネットワーク障害の調査をした経験がすごく生きてるのかなと思っています。

右も左も分からなかった私ですが、パケットキャプチャを使ってパケットを取得する機会があり、そこで実際にどんなプロトコルが動いているのかを見ることができて、衝撃が走った記憶があります。

その時はずーっとパケットキャプチャばかり見ていましたね。

 

「仕組みを理解し、その知識を活かしてトラブルシューティングを行う」ことに、私はやりがいを感じているのかなと思っています。

 

トラブル解決までは大変ですが、改善したりするとやって良かったなって思います。

 

実際に、この現場で何年か働くとして、次にどんな現場があるんだろう?というビジョンが、まだ明確になっていないのが現状です。

 

今の自分の技術力を客観的に見たらどうなのか、他の現場で活かせるのか、という不安が結構あったりします。

 

将来の軸が定まっていないから、資格取得やスキル習得への熱も弱いんだと思っています。

 

だから今回の面談を通して、3ヶ月以内の目標と、長期的な目標を定められたら良いなと思っています。

なりたい自分とやりたいこと

八木仁平さんのYouTube動画を見て「自己理解」について興味を持ち、私もワークシートに取り組み始めた。

 

自分の価値観ってなんだろう?

自分のやりたいことってなんだろう?

自分の好きってなんだろう?

 

考えて色々と深掘りしてみたけれど、なかなか納得できる答えに行きつかない。

ワークシートをやるだけでも、結構なエネルギーを消費する。

 

整理するまでまだまだ時間がかかるけれど、ブログでも私の過去の経歴を振り返ってみようと思う。

私は過去、どんな風に考えながら、人生の選択を歩んできただろうか。

 

●中学時代

私は公立の中学校に通っていて、テニス部に所属していた。

テニス部ではいつもビリかビリから2番目ぐらいの成績で、得意な子に比べると、自分はどれだけ頑張っても運動では勝てないと悟った。

逆に勉強は結構できる方で、大して努力しなくても大体学年10位以内には入っていた。

 

中学時代、私は趣味で絵を描くことにハマっていた。

幼少期から絵を描いて自分の理想をカタチにすることが好きで、漫画雑誌のコンテストにイラストを応募して掲載された時は嬉しかったし、その他イラスト関係のコンテストに応募した事もあった。

ある日私は講談社からイラストスクールの勧誘を受け、私は親に泣きながら「やりたい!」と言った。

しかし、親には反対された。そのイラストスクールはなかなか高額であり、「民間のイラストスクールにお金は出せない。美大を目指すのなら応援はできる」といったような事を言われた。

今なら親の気持ちが理解できるが、当時の私はやりたいことに反対された悔しさでいっぱいだった。

高校の進路選択の話になった時、幸運なことに私の家の近くに芸術コースのある公立高校があった。

そこは推薦入試なので筆記試験はなく、実技試験のみだった。

私は絶対にその高校に行きたい!と思って実技の練習を頑張り、成績優秀で内申点も良かったので、推薦入試を突破することができた。

 

●高校時代

その高校では絵の上手い人たちがめちゃくちゃ集まってきていて、私はそんなに絵が上手くない、才能もないことに気付いた。

でも絶望とかは特になく、高校の友達と毎日楽しく学校生活を送っていた記憶がある。

文化祭も楽しかったし、放課後残って油絵を描いたりとか、その高校でしか出来ない体験がいっぱい出来たなと思っている。

学力は中学時代の頃から変わらず、学年10位以内をキープしていた。

大学受験の時期になると、私のコースでは美大を目指す人、総合大学を目指す人など、さまざまな分野に選択が分かれた。

絵はそんなに上手いわけじゃない、学力はあった私は、そこそこ偏差値の高い総合大学の芸術学部に進学した。

大学受験は結構大変だったけれど、受験講習のお昼休み、友達と一緒にコンビニへ買いに行き、カップ麺を食べるのがとても楽しみで幸せだった記憶がある。

 

●大学時代

遠方の大学へ進学したので、私はそこでひとり暮らしを始めることになった。

結論から言うと大学時代は自分にとって、辛くて暗くて長い道のりだった。

楽しい思い出もあったけれど、辛いことが多かった。

何か人から迫害されたとか被害を受けたとか、そういうことではなく、すべて自分自身の問題である。

芸術学部に進学した私は1年生の頃、友達もできてサークルにも入って、飲食店のアルバイトもやって、彼氏もできて、順風満帆とも言える学生生活を送っていた。

2年生になって半年が経った頃、私は何故か突然学校に行けなくなった。

今まで「真面目な優等生」として生きてきた私が、初めて躓いた瞬間でもあった。

何故学校に行けなくなったのか。自分の中で完全にエネルギーが枯渇してしまったのを覚えている。

学校に行かなきゃいけない。でも体が動かない。学校に行くのが怖い。友達はみんな普通に学校に行ってるのに、自分はどうして行けないんだろう。

親に申し訳ない気持ちはあった。それでも身体は動かなかった。

中学時代や高校時代クラスに不登校の子がいて、他人事のように思っていたけれど、まさか自分が当事者になるとは思わなかった。

 

今思えば大学時代は、あまりにも「他人軸」で生きすぎていて、本当の自分を見失ってしまったんだと思う。

精神的に不安定な日々が続き、元気な時もあれば落ち込んで何もできない日もあった。

元気な時に唯一、私がやりたいと思ってやれたことが、「歌を歌う」ということだった。

誰からやれと言われたわけでもない、自分がやりたいと思ってカラオケに行くことを始めたら、めちゃくちゃ楽しくてハマってしまった。

カラオケで歌っている時だけは、本当の自分でいられる気がした。

今もそうだけれど、友達から「歌ってる時が一番楽しそうだよね」って言われたことがある。

 

当時は「大学に行くこと」がやるべきことであるのに、それができていない自分にもどかしさをずっと感じていた。

今思えば、「他人軸で生きないで」という悲鳴を身体があげていたのかもしれない。

それに気付かないまま月日は過ぎ去り、親や大学の教授のサポートもあって、2留しながらも何とか大学を卒業することが出来た。

 

卒業できたのは、「とにかく就職のことは忘れて、今は“卒業”だけを考えたらどう?」という教授のアドバイスがあり、目標が明確になったことで頑張ることが出来たんだと思う。

 

またその頃、私は「推し」に出会って、生きる活力をもらうことができた。

今まで芸能人なんて全然興味がなかったけれど、「推し」に出会ってからは人生がガラリと変わった。

推しを見てるだけですごく元気をもらえるし、推しが出てる番組が見たいから「生きよう」って気持ちが湧いていたと思う。

 

●大学卒業後

大学を卒業し、私はひとり暮らしを辞めて一旦実家に戻ることにした。

親は「早く就職しなさい」とは言ってこなかったけれど、自分としては「早く自立したい」という気持ちがあり、就職活動をがむしゃらに頑張っていた。

 

「いい大学出てるのに、何故うちの会社なんか選んだの?」と言われることもあり、これは就職後もそうだけれど、「逆学歴差別」を受けることがあって辛かった。

まるで「勉強はできるのに、無能なんだね」って言われているようで…。

世間一般で見たら高学歴は羨ましいと思われるのかもしれないけれど、私は自分の大学名を言うのが辛かった。

いい大学出てたら、立派な会社に入らないといけないの?ってモヤモヤしていた。

就職した後に、取引先の方に自己紹介をする機会があり、自己紹介シートを書かされたんだけれど、正直に大学名を書いたら、何故か上司から大学名を訂正されて取引先の方に偽りの自己紹介シートを渡したという出来事もあった。

じゃあ、学歴の欄なんて最初から作るなよ!ってめちゃくちゃ悲しくなったのを覚えている。

 

話が逸れたけれど、とにかく辛い思いをしながら就職活動を続け、何とか正社員で就職することができた。

 

●入社後

就職活動の時、ほとんどの会社で落ちまくっていたが、唯一内定をもらった会社があった。

とにかく正社員になって自立したかった私は、プライドも何もなく、「誰でも入れる」と言われてるその会社に入社することを決めた。

初めて就職することにあまり不安は感じておらず、こんな私でも認めてくれる会社があった、という喜びの気持ちが大きかった。

 

私は営業部に配属されたが、実際にやる業務は「販売職」だった。

入社してすぐろくに研修を受けることもなく、現場の仕事をすることになった。

ミッションは「とにかくお客様に声をかけてきて、カウンターに連れてこい」というもの。

緊張でガチガチになりながらも、私はひとりひとりのお客様に声をかけて、ヒアリングと商品の提案を行なった。

その時は営業トークのやり方なんて一切知らなかったから、ひとりもカウンターに連れてくることができなかった。

 

今思えば、営業なんて全然自分に向いていなかったのに、よくそこから頑張ろうと思えたね…って改めて思った。

辛くても心を麻痺させながら、働いていたんだと思う。

 

それから色々な現場に異動になったりして、大変なことがありながらも、人間関係には恵まれていたから、続けることができた。

何年経っても営業は苦手で、新人にもあっという間に成績を抜かされたりしていたけれど、相変わらず勉強だけは得意だった。

現場独自の資格試験が何回かあり、私はその地域でだいたい上位に食い込んでいた。

みんな資格試験って嫌がっていたけれど、私は資格試験の研修を受けるのが大好きで、その時間は営業をやらなくていいから楽だった。

この経験が、のちの私の人生に大きく影響を与えることになった。

 

●退職

やりたくない仕事を続けて、8年が経過した。

9年目に突入するころ私は異動になり、チームリーダーとなった。

しかし異動になってからわずか3ヶ月で、私は退職することになった。

 

異動になってから、人間関係も仕事内容も大きく変わり、私は大きくストレスを抱えることになった。

異動前と違って、私を褒めてくれる人は誰もいなくなり、逆にめちゃくちゃ怒られる機会が増えた。

チームも全然まとまらず、すっかり自信を無くし、休日も仕事のことを考えては涙する日々が続いた時に「この仕事を続けていたら、私の心が死んでしまうな」と思って、その場で上司に電話して退職を申し出たのである。

 

上司は私の話をじっくり聞いてくれた。

今の仕事がきついならやらなくていい、異動前の部署に戻るとか、別のプロジェクトならどうか?という提案もしてくれた。

しんどいなら休職して、しばらく休んでから復帰することもできる、とも言ってくれた。

だけど私の心は動かなくて、その時は「退職したい」という一心だった。

 

8年間も続けた会社を辞めるってすごい勇気がいったんじゃない?と言われたこともある。

もちろん、退職するのに一切の迷いがなかったわけではない。

退職後にちゃんと再就職できるのかな…とか、本当に今までのキャリアを捨てて良いんだろうかとか。

迷いながらも私は退職に踏み切り、晴れて無職となったのだった。

 

●無職時代

無職時代は本当に楽しくて充実していた。

会社員時代に行けなかった長期旅行に行ったり、美容整形をしたり、やりたい放題やっていた。

前の会社の有給が1ヶ月以上残っていたのと、貯金もあったから、お金には困らなかった。

やりたいことをやり尽くした後、私は転職するためにまず「学校に通おう」と思った。

お金は決して安くなかったけれど、人生を変えたいと思って、私は資格スクールへの入学を決めた。

 

何故私がスクールに入学したのかというと、実は前職の時にYouTubeを見ていて、職業訓練校に通ってから転職した人の話をふと思い出したからである。

大学時代、学びを必死にやってこなかった、本当の意味での充実した学生生活を送れなかった、という後ろめたさもあって、「学校に入り、学びに夢中になる」という経験をやりたいと思ったのである。

資格スクールのカリキュラムはかなりタイトで、私は必死に食らいついていった。

大変なことも多かったけれど、これが私の青春なんだな、と感じることができた。

先生にもいっぱい褒めてもらって、「あなたこの業界向いてるよ、うちの業界で働いて欲しい」と言われたりもした。

お世辞だとわかっていても、「私ってこの仕事向いてるんだ!私が選んだ道は合ってるんだ!」という自信に繋がった。

資格試験にも合格し、そこから転職活動を始めた。

自腹で資格スクールのお金を払い、資格に合格して未経験職に挑戦するといった私の熱意が功を奏したのか、私は4社から内定をもらうことができた。

大学卒業後の就職活動はあんなに苦労したのに、こんなにあっさり内定もらっていいの?って、少し困惑した。

あまりにあっさり内定が決まったから逆に悩んでしまって、業界の人にアポを取って有料カウンセリングを受けたこともある。

一時的に内定ブルーには陥ったものの、何とか乗り越えて、私は今の会社に入り、現場に配属された。

 

●今の会社

今の仕事はIT技術職、といってもまだ2年目でそこまでスキルがないので、底辺ITエンジニアという表現がぴったりだろうか。

現場に配属され、その施設のネットワークやサーバーを運用管理するチームに、下っぱとして所属することになった。

知識や経験がなく、大変なことも多かった。

でも、それをストレスだと感じたことはほとんどなかった。

勉強をすることは苦ではないし、ネットワークやサーバーの仕組みを理解していくのが楽しかった。

私の性格的にこの仕事が向いてるんだな、と思うようになった。

 

●なりたい自分とやりたいこと

私の中で「なりたい自分=成長し続ける自分」であるが、それが「やりたいこと」に結びついてるかといったら疑問である。

 

ITの仕事はやっていて楽しいけれど、お給料をもらわずボランティアでやるか?と言われたらNoだ。

お金のために頑張っているのも否めない。

 

じゃあ、お金をもらわなくてもやりたいことってなんだ?って考えたら、「歌を歌うこと」になる。

だけどそれは「人の心を動かす歌手になりたい」って思いはなくて、ただ自分が歌っていて楽しいし夢中になれるから歌う、といったもの。

他人のためではなく、自分のためであるのだ。

 

「やりたいこと」と「他人に価値を提供すること」がリンクする感覚が、私にはまだ分かっていない。

 

得意なことを仕事にして、やりたいことは趣味でやる。

それが私の生き方だと現時点では思っている。

 

価値観シートを進めていくと、それも変わったりするのだろうか。

何か今後の人生を生きていく上での気づきになれば良いなと思って、今日も自己理解のワークシートに向き合っている。

「特別費」を分けて考える理由

「特別費」についての考え方。

 

「特別費」は、年に1回とか数年に1度ある程度の大きな出費、と定義しています。

 

例えば「家電購入」「海外旅行費」「年金追納分」「税金」などを、私は特別費扱いしています。

 

この特別費を月間の家計簿に含めるか含めないかは人それぞれ違うと思いますが、私は月間の生活費と「特別費」を分けて考えるようにしています。

 

特別費も月間の家計簿に含めてカウントしている時期もありましたが、例えばその月の支出が10万円増えると、一気に節約のモチベーションが下がるんですよね…。

生活費を頑張って削っても、その成果が目に見えづらくなるのがデメリットです。

 

結局、食費を1万円浮かせても、今月10万円以上使ってるし意味ないじゃん。パーっと使ってしまおう、という心理になります。

 

特別費は月間の支出に含めず考えれば、生活費を工夫して抑える分だけ、成果が目に見えやすいのでモチベーションが保てるんですよね。

 

まぁ、なんでもかんでも「特別費」扱いしないように注意はしないといけません。

月間支出を抑えられても、特別費が年間500万円かかりました!とかだと、大赤字ですからね(苦笑)

 

ちなみに月間の収支は家計管理アプリで管理していますが、年間の収支はExcelで管理しています。

 

家計簿アプリで管理している月間の収支と、それに加えて特別費をExcelに入力し、年間トータルの収支を計算しています。

家計簿の付け方

家計簿の付け方って色々あると思います。

 

手書きでノートに書く人もいれば、Excelで管理している人、アプリで管理している人もいるでしょう。

 

私は色々試した結果、アプリで管理しています。

結局これが一番楽で続けやすいと感じました。

 

使っているアプリは「マネーフォワード for 住信SBIネット銀行」です。

 

元々マネーフォワードMEを使っていましたが、無料の範囲で連携できる金融機関数が減ったため、乗り換えました。

 

「家計管理にお金と手間はかけない」というのが私のモットーです。

アプリに月々数百円払ったり、家計簿用のノートやシールを買うのも個人的には「もったいない」と感じてしまいます。

家計簿ノートに色々書くのを楽しめる人は良いでしょうが、私は残念ながらそういうの面倒くさいと思ってしまう人なので、合いませんでした。

 

アプリと銀行口座、証券口座、メインで使っているクレジットカードを連携しています。

ポイントとかPAY残高も連携できて、現金払いの入力もできますが、そこまではアプリで管理していません。

 

基本はキャッシュレス決済で、全てクレジットで明細が残るようにしています。

現金に関しては、「銀行口座から引き出した金額」のみを家計簿上でカウントしています。

1万円引き出して、そのうち5千円使ったとしても、家計簿上では「1万円」とカウントするルール。

 

手元にある現金はそこまでシビアではなく、ざっくり管理しています。

金管理用の封筒に、銀行からおろしたお金を入れていて、必要に応じて財布へ出し入れしています。

現金でいくら支出があったかはカウントしておらず、たまーに残金いくらか確認するぐらいです。

 

こんな感じで、ほとんどキャッシュレスにしているので、銀行のATMもほぼ使いません。

2〜3ヶ月に1度あるかないか…ぐらいの頻度です。

 

InstagramとかYouTubeを見ると、給料入ったら現金全部おろして、袋分けして…ってやってる人が多いですよね。

見た目的にはそういうやり方も憧れるんですけれど、どうも面倒くさがりな自分には合っていなかったようです。。

 

クレカで使った分だけ封筒から移動させて、支払日になったら口座に入金、とか、面倒くさすぎてとても出来そうにないです。

この方法はクレカの使いすぎを防いでくれる管理方法らしいですが、私はお金あったらあるだけ使ってしまうタイプでもないので、不要かなと思っています。

 

まぁ、たまに推し活とか旅行でパーッと散財したりはしますけれど。笑

ズボラ食生活

食費月2万円以下で抑えてる私の食生活。

 

朝はハムエッグトースト。

f:id:ogw9pgmc:20240203223053j:image

お皿洗いを回避するために、ティッシュペーパー敷くのはひとり暮らしあるあるだと思いたい。笑

 

トースターがないので、フライパンで焼いてます。

 

トースターぐらい買えばいいのにと思われそうですが、ひとり暮らしで部屋もそんなに広くないので、なるべくモノを増やしたくなくて…

 

ちなみに上でフライパンと書きましたが、正確には深型の両手鍋(26cm)です。

鍋とかフライパン系の調理器具は、この両手鍋ひとつしか持っていません。

 

焼いたり茹でたり、これひとつで何でも調理できるので、かれこれ8年以上このスタイルです。笑

鍋を増やしたところで、コンロが一口しかないから別に増やさなくていいよね?と思っています。

 

 

そして昨日は節分だったので、節分っぽいものを買ってきました。

f:id:ogw9pgmc:20240203223101j:image

恵方巻きもいっぱい売ってたけれど、値段がビックリするぐらい高かったから、普通の手巻き寿司で…。

 

まぁ恵方巻き気分を味わえたので良かったです。

 

2個食べたら結構お腹がいっぱいになりました。

 

30代になってから、割と少食になった気がします。

20代の頃は、割とたくさん食べても平気だったけれど、30代の今はたくさん食べすぎるとしんどくなる…

あとは脂っこいものを連続して食べると、お腹が痛くなったりします。

 

ある意味、体が正直になったのかもしれませんね。

腹八分目ぐらいが一番調子が良いと感じています。

 

食費がそこまでかからないのも、量をそんなに食べないから、というのも大きいと思います。

別に我慢してる訳ではないんですけれどね…

2023年12月の家計簿

2024年1月の家計簿はまだ締められていないので、12月の家計簿を公開していきます。

 

収入(手取り):177,811円

 

  • 家賃:63,000円
  • 光熱費:7,308円
  • 水道:55円(基本料免除)
  • 通信費:2,643円
  • 食費:11,713円
  • 日用品:2,884円
  • 娯楽費:26,813円
  • その他:10,000円

支出合計:124,416円

 

収支:53,395円

 

でした!

娯楽にお金を使った割には、結構節約できたかなと思っています。

 

12月は年末調整で少しだけ給料上がってます。

残業時間によっては手取り17万円を切る月もあったりします。

そんなに残業時間は多くないので、めちゃくちゃ差があるわけではありませんが…。

 

家賃は63,000円と収入に対しては高めなんですが、そこそこ便利な場所に住んでて気に入ってるので引っ越したくないんですよね…

家賃を下げればもう少し節約も楽になりそうですが、引っ越しってお金もかかるし隣人ガチャもあるから、「家賃が安い」という理由だけで引っ越すのはリスキーだなと感じます。

 

光熱費はオール電化なので、電気代だけの計算になります。

マンションは気密性が高く、そこまで室内寒くないので、12月は電気毛布だけで乗り切れました。

オール電化の場合、暖房ガンガンに入れてると普通に12,000円とか超えたりするので、8,000円切れたのはかなり大きいですね。

電気毛布がめちゃくちゃ電気代の節約に役立っています。

電気代が高騰していると言われていますが、そんなに電気代が値上がりしたとは感じていなくて、むしろ安くなった気がします。何故だろう…

 

水道代は普段1500円ぐらいなのですが、物価高騰の影響を受けて3ヶ月ぐらい基本料が免除されました。

2024年1月からは、また普通に水道基本使用料が請求されます。

 

通信費は2,643円。

スマホはUQmobileを契約していて、自宅はWi-Fi無料です。

今は新規受付停止してるくりこしMプランに加入中ですが、時々くりこしSプランに切り替えたりして、データをやりくりしています。

UQは電波も安定してるし、実家がau回線持っててセット割組めるから料金も安い。

今までキャリアを色々乗り換えてきましたが、当面の間はUQmobileがいいかなぁと思っています。

 

食費は11,713円。

ふるさと納税と、貯まった楽天ポイントで色々払ったりして、この金額になりました。

めちゃくちゃ安いですね…。

基本的に毎日自炊しています。

自炊といっても、ご飯に納豆と卵かけて食べる…みたいな、ズボラご飯が8割ですが(笑)

外食してる時よりも、お家で納豆ご飯を食べてる時が一番幸せを感じるんですよね。

なんか「生きてる」って感じがします。

旅行に行った時は奮発して美味しいものを食べますが、普段は質素な食事です。

 

日用品は2,884円。

マツキヨの割引クーポンがあったので、消耗品とか化粧品をまとめて買いました。

基本的に日用品とか美容に全くお金かけないので、全然こだわりがなくて一番安いものを選んでいます。

安いものでも全然困らないし、今のプチプラコスメって優秀だから満足してます。(THE・貧乏人)

 

娯楽費は26,813円でした!

私には“推し”がいるので、推しのライブに行った時の費用とか、カラオケ代ですね。

推し活を辞めればもっと貯金できるのは明らかなんですが、私の生活に潤いをもたらしてくれているので、なかなか辞められません…笑

 

その他の「10,000円」は、ふるさと納税です。

悩みに悩んだ結果、安定の「お米」を注文しました。

税金払いつつ、格安で食糧がゲットできるのは本当にありがたいです。

今まで身分証をコピーして郵送して…ってすごく面倒くさかったんですが、今年はマイナンバーカードを使ってアプリ上で申請してみました。

アプリ申請はめちゃくちゃ楽すぎて、ふるさと納税へのハードルがグッと下がりましたね。

2024年のふるさと納税は何を選ぼうかと、ワクワクしています。

安定の「お米」に落ち着く可能性大ですが…笑

 

2024年は、海外旅行に行けたら行きたいと思っているので(国際情勢にもよりますが…)そのために毎月収支+5万円を目指します。

突発的な出費もあったりして、なかなか思い通りにいかないこともあると思いますが、目標を立てて気を引き締めたいと思います。